夏の日の終わりに
 最後の別れ際の理子の表情を思い浮かべてみる。交わした会話は何だったのだろうか、そして最後の理子の言葉は──


(思い出せないよ……)


 僕らは何のために一生懸命頑張ってきたのだろうか?

 僕は、もしかしたら訪れるこの時のために頑張ってきたんじゃないだろうか? 理子の最後の言葉を受け取るために。

(こんなのってないだろ!)

 自分への怒り、そして理子への悲しみが胸に渦巻く。

(助けてよ)

 僕にしてあげられるのはもう祈ることだけだ。

 誰にでもない、神様にでもない。どこに向かって祈ったのかは分からないが、でもその祈りは今まで祈ったどの願いよりも強かった。



 懇々と眠り続ける理子を見守りながら、やがて朝を迎える。学校では今頃始業式が始まっているはずだ。しかし今はそんなものどうでもいい。

 森君と妙子さんには何かあったら連絡すると言って帰していた。学校の友人は交代で見守ると言って、2人ほどがまだ残っている。

 それでも病室の中は静まり返り、ただ心拍計の音だけがずっと理子の命の証を刻んでいた。

「この写真、脩君も持ってるの?」

 突然おばちゃんはベッド脇の写真を取って見せる。

「うん、持ってる」

「そう」

「理子にも聞かれたけど……」

「そうなの? ううん、聞いてみただけ」

 その質問には違和感がある。僕は「もしかして──」とは思ったが、それを聞けるわけはなかった。


 やがてまた夜が訪れ、そして朝を迎える。理子の容態に変化はない。それでも僕は理子から離れることが出来なかった。

 その姿を目に焼き付けておきたい。

 最悪の事態を心では否定しているが、もし現実になるのであれば、それは僕の最後の希望でもある。

 もう甘い予測が出来るほど、僕は世間知らずではなくなっていた。
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