夏の日の終わりに
「ちょっと買い物してくるから。脩君もお腹空いたでしょ」

 さらに翌日の夜、おばちゃんは近所のコンビニへと買い出しに部屋を出た。学校の友人も帰ったばかりで、不意に二人の時間が訪れた。

 じっと理子を見つめていた僕は、あることを思い出した。

(まだ……だったな)

 椅子を立つと、ベッドに身を乗り出す。そして静かに眠る理子の耳元に口を寄せた。

「理子……」

 言おうとするだけで言葉が詰まる。その想いだけで胸はいっぱいになっていた。

「理子……ちゃんと聞いてよ。恥ずかしいから……一度しか言わないから……」

 眠っている理子に伝わるものかどうかは分からない。それでもその言葉を口にするのは恥ずかしくて、もどかしいほど上手く喋れない。

 それでも小さな声で、僕は言った。

「愛してるよ」

 その言葉を発したとたん、どうしようもない感情が溢れてきた。ただ愛おしくて愛おしくて……ただ、それだけの想い。

 ぽたぽたとこぼれ落ちる涙が理子の頬を濡らした。

「こんなことなら……もっと早く言ってあげればよかった……」

 ずっと理子が望んでいた僕の言葉だ。

(やっと言えたのに!)

 しかしもう遅すぎた。その言葉は理子には届かない。ましてや返事を返してくることなどあるはずがない。

 理子は黙って眠り続けてままだった。



 おばちゃんが買ってきたサンドイッチを頬張ると「タバコ吸ってくる」と言って席を立った。おばちゃんにだって二人きりの時間が必要だ。

 中庭に出ると、ベンチに腰掛けタバコに火を点けた。

 煙を吐きながら自分の体が、いや心身ともに疲れ切っていることを改めて自覚する。背中を伸ばすついでに空を見上げてみたが、市街地の真ん中にあるこの病院からは星が良く見えなかった。
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