夏の日の終わりに
 さらに医師の声が大きくなり、看護師はその表情をさらに険しくしてゆく。心拍計が異常を示すアラームを鳴り響かせた。

 僕の頭の中では悲しみと後悔が交錯していた。

『切らずに頑張って治そうよ』

『今日、こっちに泊まっていきなよ』

『じゃあ、あいつらに慰めてもらえよ!』

 そのどれもが取り返しのつかない言葉だ。力になるどころか傷付けてばかりだった気がする。


 脈が途切れ、血圧が限りなくゼロ示すと医師は次の段階の準備に入った。

(ああ……)

 消え逝く何かを掴むかのように、無意識に僕の手が伸びる。

「心臓マッサージ!」

 その声に反応した看護師が準備をする。さらに指示を出そうとする医師はしかし、そこで動きを止めた。

 一瞬静まり返る病室。

 治療を施す医師の腕を、おばちゃんが掴んでいた。その光景を見て僕は目を閉じた──

「もう……」

 おばちゃんの悲痛な心が僕の胸に流れ込んで張り裂けそうだ。

「……楽にしてあげてください」

 その言葉には理子が、そしておばちゃんがどれだけ日々苦闘してきたかを如実に物語っていた。


 僕はそのとき覚悟をし、そして理子の心臓は静かに止まった。


 17年と10ヶ月。それが理子の生きてきた時間だ──


(理子……)

 こんな時人は泣き崩れるのだろうか、悲しみに打ちひしがれて我を忘れるのだろうか?

 でも僕もおばちゃんも涙が溢れることはなかった。

 静寂が訪れた病室に横たわるのは僕のかつての恋人だ。でも僕はその事実を認識していても、それをとても受け入れることは出来ない。

 ただ、感じるのは少しの開放感。これで楽になれるだろう。僕も、おばちゃんも……そして理子も。

 そう、疲れていたのだ。僕らは──

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