夏の日の終わりに
 当然、ここのところ天狗になっているのは否めない。

──俺は特別だ。


 その妄想に心が囚われてしまっているのか、さらに病的にスピードを求めてしまう。

 また一台のトラックを追い抜くと、その暴力的な走りに怒りを覚えたのか、すでに遠くに去りつつある背中にクラクションを浴びせてきた。

(お前がのろまなんだよ)

 ヘルメットのなかで薄笑いを浮かべながら、なおもスピードを乗せた。メーターはすでに150キロを超えようとしている。


 こんな速度で転倒したらどうなるのか?


 そんな考えがないわけじゃない。恐らく死ぬだろうと思っているし、その覚悟も併せ持っているつもりだ。

 死を常に隣においておかないと生を実感できないのかもしれない。

 まさに命綱の綱渡り。己の命をもてあそぶような、そんな愚かで危うい行為に陶酔しきっていた。


 ゆるいカーブを抜けた先の交差点。そこの信号が青から黄色に変わる。


 多少の距離はあるが、メーターを確認すると160キロに達しようとしている。赤に変わるまでには十分な余裕だ。

 猛然と交差点に突っ込んでゆく鉄の馬。

 その時、僕の脳裏に走る不安──いや、それは警鐘だった。

(──っ?!)

 注意深く前方を凝視する目に不安は見あたらない。対向車線を走る紺のワゴン車はウインカーを出してはいない。歩行者もいない。

 危険はない──




 はずだった。
< 2 / 156 >

この作品をシェア

pagetop