夏の日の終わりに
 そんなやりとりをしている中、部屋に飛び込んでくる影がある。いきなり僕のベッド脇に車椅子をつけたのは理子だった。

「おはよ……どうした?」

 口の中に高野豆腐を入れたまま曖昧に挨拶したものの、そこに見た理子の表情は尋常なものではなかった。

 なにがあったのか?

 突如胸騒ぎに襲われ、心臓に鈍痛が走る。思いつめたように僕を見上げる理子の目は、すでに涙をためている。

「おい、理……」

 もう一度声をかけようとした刹那、必死でこらえていた彼女の表情が崩れた。

「藍ちゃんが死んじゃった!」

 そのままベッドに突っ伏し、そしてまさに号泣した。


 理子の言葉には現実感がない。

(え?)

 泣き伏す理子の姿を眺めながら、真っ白になった頭でその言葉を反芻する。

(死んだって……)

 背中を大きく波打たせて泣き続ける理子の心情を思いやる気持ちの余裕すらない。

(だって藍ちゃんは俺と同じ年で、十六歳だぞ……)

 自分と同じ年代の人間の死など身近にはなかった。テレビに映し出されるニュースでは、そんな事件は日常茶飯事だ。しかし、それはあくまでブラウン管の向こうでしか起こらない。そこは現実ではなかった。

(脚を患ってただけじゃないのか?)

 初めて突きつけられた現実を、僕はすんなりと受け入れることが出来ない。

(……バカな)

 同年代の人間の死。そんなものを受け入れられるはずは無い。

「理子……」

 僕にはかける言葉が見つからない。ただ泣き続ける理子を眺めながら、やはり傍観者でしかなかった。

 もしこのとき、僕も藍ちゃんと親しくしていたら受け止め方は大きく違ったことだろう。幸か不幸か、僕は彼女との交流はまったく無かった。
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