夏の日の終わりに
 もちろん大きなショックだ。しかしそれは悲しみとは別のところにある。ただ、理子に対する憐憫の情は僕を悲しくさせた。

 嗚咽の止まらない理子を慰めようと、僕はその頭をそっと撫でた。いや、正確には撫でようとした──

「っ!?」

 しかし突然その手は激しく振り払われた。どこにそんな力があるのかと疑うほどの力だ。

 予想外の理子の行動に、振り払われた手を上げたまま硬直する。その理子も自分のした行動に驚いたのだろう。同じようにしばらく体を硬くしたまま僕を見つめていた。

 何か言おうとしたのだが言葉が出ない。気に食わないことがあったのだろうか?

 しばし流れた重い空気。その沈黙を破ったのは理子のほうだった。

「ごめん」

 ポツリと言うなりきびすを返す。そしてそのまま、あぜんとする僕を残して静かに病室を後にした。

 もはや味のしない高野豆腐を飲み込むと、はたと病室を見渡す。そこには先ほどまでの賑わいは見られなかった。

 そう言えば釘尾さんの姿がない。

 いつもおどけてばかりの尾形さんが、箸を置いて立ち上がると見せたことのない険しい表情で病室を出て行く。それに続くように隣の西村さんも「ちょっと行ってくる」と言い残して出て行った。

(そうか、みんな長くいるんだもんな)



 一人取り残された病室で、僕は残りの朝食を平らげていた。

 

< 27 / 156 >

この作品をシェア

pagetop