夏の日の終わりに
 思わず手を引っ込めようと肘に力を入れたが、まだじっと僕を見つめる理子の目に吸い寄よせられるように、もう一度手を伸ばす。

 指と指が触れあっては離れ、また触れ合う。


 やがて僕らは指を絡めてしっかりと握りあった。


 周囲の喧騒に取り残されたような世界で、僕らは指を通じて心を通わせる。言葉はなくてもその指にたくさんの想いを伝えているつもりだ。

 それでも何か言わなきゃという思いはある。

 大きく息を吸い込むと、その言葉を選んだ。

「ねえ理子」

 少し震える僕の言葉に「なに?」とは答えず、無言のまま瞳が輝く。それはプレゼントを期待する子供のように見えた。

 そうだ、初めて理子と言葉を交わしたときも同じような目をしていたのを覚えている。

「……あのさ」

 その時だった。

 ドアが蹴破られたのかと思うほど激しく開け放たれると、そこには鬼と呼ばれている婦長が仁王立ちしていた。

「あんたたち、いい加減にしなさい!」

 全員が一斉に文字通り縮んだように肩をすぼめる。そして、別室の連中はすごすごと婦長の脇を抜けて外に出て行く。その中には当然理子や美香さん、そして森君姿も含まれていた。

 同室の連中はと言うと、無言で自分のベッドに潜り込んで毛布を被った。

 自然と婦長の目は僕の派手なベッドへ向けられた。

「いや、これは勝手に……」

 さっきとは別の意味で心臓がバクバクだ。

(なんでこうなんのよ!)

 冷や汗をかきながらその後、くどくどと説教を受ける羽目となった。
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