夏の日の終わりに
 そんな騒動が過ぎ去った年末のある日、僕の目の前に思わぬ人物が立っていた。

「じいちゃん……」

 僕の姿を認めると、祖父は探るような手つきで椅子を引き寄せて座った。

「親父かお袋は?」

「ひとりで来た」

「よく……来れたね」

 白内障でほとんど視力を失った祖父が一人で電車を乗り継ぎ、地下鉄に乗ってここまでやって来たことは驚きだ。

 恐らくは駅員を捕まえては行き先を告げて案内させたことだろう。そんな光景を思い浮かべるだけで、懐かしさも相まって少し目頭が熱くなった。

 この祖父、家族と一緒に生活している一員なのだが、若い頃から飲む、賭つ、買うを男の信条とばかりに繰り返し、祖母や父親だけでなく親戚中に迷惑をかけてきたそうだ。

 酒癖が悪く、ほとんどアル中だった。

 僕が物心ついてからもその奇行は幾度となく家族を悩ませ、怒りに任せた父親から
さんざん痛めつけられているのを見てきた。

 当然、家族全員から白い目で見られている問題爺さんなのだ。

 ところが僕だけは違う。僕はこのクソジジイが好きだったし、祖父も僕を溺愛していた。



 こんなエピソードがある。

 中学生の頃、修学旅行から帰ってきたときのことだ。最寄の駅前に集合すると、教師が帰宅までの注意を拡声器でがなり立てていた。

(しつこいっつーの)

 いい加減開放して欲しいと思っていたその時、マイクの声を遮って大声が響き渡った。

「脩ー、脩はどこだー!」

 これにはさすがに目を見開いた。教師の横から顔を出して叫んだのはあろうことか我が祖父だ。

「しゅうー!」

 教師も驚きを隠さず、話を中断して祖父へと顔を向ける。

 校内では比較的目立った存在だった僕に、一斉に好奇の目が向けられた。

「脩のじいちゃん?」

「うおー、目立ってる」

「ぶーっ!」

 次々にはやし立てられる中、僕は懸命にそれを否定した。そりゃそうだ。あれを自分の祖父だと胸を張って言える奴がどこにいる。これ以上恥ずかしい経験は後にも先にも記憶に無い。

「違うって。俺のジジイのわけねえだろ!」

 友人たちはもちろん信用しなかった。確かに同じ名前の人間が校内にいることは聞いたことがない。
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