夏の日の終わりに
 翌朝、僕は理子を呼んでひとつ頼みごとをした。

「えー、大丈夫かなあ?」

「大丈夫大丈夫。こっそり持ってきてよ」

 少し渋った理子がいったん部屋から出て行く。そして再び姿を現すと、苦労しながらもう一台、車椅子を引っ張ってきた。

「見つかったら怒られるよお」

「こんくらい……」

 そう。僕はどうしても美香さんを見送りたかったのだ。

 もちろん車椅子の許可など下りていないから、これは隠密に遂行しなければならない。

 ベッドの脇に横付けした車椅子に乗ろうと体をずらす。脚はギプスに固められているだけに、文字通り棒になったように重い。

 苦心して腰をベッドの脇まで持ってきたその時だ、カミナリのような怒鳴り声が病室に響き渡った。

「何してるの!」

 思わず顔をしかめた僕を看護師が慌てて押し戻す。

「車椅子の許可はまだ出てないでしょ」

「はい」

「自分の体でしょ? 絶対そんなことしちゃダメよ!」

「はーい……」

 いつも優しい看護師さんが思いのほか厳しい一面を見せたのは驚きで、それが余計に僕を萎縮させた。


 こうして最後の計画は、あっけなく挫折の憂き目を見ることとなり、僕は明るくさよならを告げる美香さんをベッドの上から見送った。

 
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