夏の日の終わりに
 その妙子さんが来てからだ、僕のリハビリのスピードが劇的に早くなった。

(コ、コイツ……サドか?)

 そう何度も疑いのまなざしを妙子さんに向けていたが、そんな心情などお構いなしにリハビリを手伝ってくれる。「くれる」という言葉が適切かどうかは少し疑問だが、ためらって思い切り引けないロープを彼女は幾度となく強引に引っ張り上げた。

「痛いってマジで。そんなやったら骨が折れるって!」

「大丈夫大丈夫」

(お前の脚じゃねえだろが)

 歯を食いしばる僕の姿を見ている理子がまた、やけに楽しそうな顔をしている。それどころか一緒になって引っ張り出す始末だ。

「林先生がどんどんやってあげなさいって言ってたもん」

(ふざけんな、あのメガネ野郎!)

 余計な入れ知恵など迷惑千万だ。おかげでこいつらは手加減することなくこの状況を楽しんでいる。

 僕は完全にいじられキャラになっていた。


 ある日の夜、昼間のリハビリを思い出しながら天井を仰ぐ。これだけ痛い思いをしているのはこの病棟では僕だけだろう。

(理子は良いなあ)

 リハビリが無い。ただ治療に任せて回復を待てばいいだけなのだから。妙子さんにしても歩行器での訓練だけだ。

 それに比べて僕の苦行ときたら──



(ま、自分でしでかした事だからな)

 結局いつもの悩みはそこに落ち着く。当初想いを巡らしていた「理子は病気だから不幸だ」という考えは、いつの間にか影を潜めていた。

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