夏の日の終わりに
 悩みは尽きなかったが、それでも明るい希望は見えてきた。

 皮肉なことだが、それは理子と妙子さんによる拷問の成果であることは疑いようがなかった。

「これは奇跡かも知れないよ」

 歯を食いしばって曲げている脚に大きな角度計を当てながら、林医師はそう言った。

「今ね、60°くらいの角度まで曲がってるんだけどね、正直このくらいが限界だと思ってたからね。今の段階でこのくらいなら、90°くらいまで曲がるようになるんじゃないかなあ?」

「そのくらいまで曲がったら?」

「うん、歩けるようになるかも」

 その言葉を聞いたときの正直な感想を言えば

(だろ、言ったとおりだろ?)

 というものだ。もちろん多分に安堵の気持ちが無かった訳じゃない。それでも確信に近い感覚で治るという自信はあった。

 やって出来ないことはない。信じていればどんな困難でも乗り切れると、僕は思い上がっていたのだ。

 しかしそれを聞いた理子の反応は違う。

「よかった……」

 はしゃいで喜ぶ姿を想像していた僕は、その意外な面持ちに少し驚いた。

 理子は本当に僕の脚のことを心配してくれていたのだ。それに比べて僕は、自分の痛みばかりに気をとられてはいなかっただろうか? 自分だけが苦しいと思う前に、理子や妙子さん、他の人たちの闘病に真摯に耳を傾けたことがあっただろうか?

 そんなことを思い知らされた気がして──

「ありがと」

 理子にその言葉をかけた。

 あまり素直に言葉を出さない僕のそんな言葉に、理子は照れた表情を見せる。理子にとっても意外だったのだろう。

「脩君の歩くところを見てみたい。なんか想像できないんだけど、きっと……」

「きっと……なに?」

「理子だって歩けるようになるよ、きっと」

「うん、二人で歩けるようになると良いね」

 その言葉は冗談めかしていても、心からの言葉だっただろう。

「じゃあリハビリ頑張らないとね」

「えー!」

 少し頭に浮かんだ感傷は、また引き上げられたロープによってかき消された。


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