夏の日の終わりに
「父親はいないのよ」

 そう言って笑いながら少し顔をしかめて見せた。

「亡くなったとか……」

「離婚したのよ」

 まずいこと聞いてしまったとほぞを噛んだが、母親はいたって平気なようだ。

 まだ幼い頃に、理子が父親の愛を失っていたとは思いもよらなかった。

「だから尚更ね、あの子には幸せになって欲しいの」

 自分の責任と考えるのは親なら当たり前だろう。母親は奮起して自分でデザインの仕事をして、理子をここまで育ててきたのだそうだ。

「あの子明るいでしょう」

「ですね」

「でもね、本当は辛いはずなの」

「でしょうね」

 そう答える僕には、その真意は分かっていなかった。

「私の宝物だからさ、脩君も大切にしてね」

「え?」

 その言葉の真意は、何となく分かった気がした。

 その後も話は続き、いつの間にか僕は理子の母親を「おばちゃん」と呼ぶようになるほど打ち解けていた。


 結局その日は、理子は部屋から出てこなかった。

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