夏の日の終わりに
別れ道編

桜の季節

 季節はさらに流れ、暦はすでに三月になっていた。

 外来客が姿を消した待合室は、少ない照明と持て余したスペースで寂しげに見える。しかしそこに僕らが姿を現すと、様相は一変した。

 今では手足のように車椅子を乗りこなすようになった僕は、理子と森君、そして妙子さんと夜な夜なそこを訪れた。目的は車椅子レースだ。

「よーい……スタート!」

 掛け声とともに一斉に車椅子を加速させる。

 ブロックごとに長いすが並べられた、だだっ広い待合いスペース。昼間は外来患者の通路となっているそこは、夜は僕らのサーキットへと変化した。

(また、理子め!)

 片足を使って床を蹴る理子と森君の加速には敵わない。それでも理子のスピードは異常に速かった。またたくまに先頭に立つと、そのまま差を広げにかかる。

 後ろには妙子さんがいるが、こちらは体力の絶対値が違う。半分ふてくされた顔で渋々参加していた。

 前方を走る森君とは体重差が幸いしてか、カーブで何とか抜ける。しかし理子を捕らえるのは容易じゃなかった。

「やったー、また一番!」

「くっそー」

 その言葉に嘘はない。たかが車椅子のレースとは言え、バイク小僧の僕が燃えないわけがない。

「もう一回」

「いいよ、何回でも」

 得意げに受けて立つ理子も元は陸上部だったのだ。闘争心も負けてはいなかった。

「あたしはもう疲れたからパス。理子たちだけでやってよ」

 妙子さんは絶え絶えの息で毎回のギブアップ。まあ、少し可哀想なところは確かにある。

 この遊びはほとんど毎晩のように行われたが、結局一度として理子に勝つことは無かった。そして二着と三着が多少入れ替わるだけで、最下位も妙子さんの指定席だった。
 
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