夏の日の終わりに
 写真を撮った数日後、消灯時間を過ぎた病室では暇を持て余していた。

 そんな僕のベッドを仕切っているカーテンが微かに揺れた。

「起きてる?」

 ひっそりとした声の主は理子だった。

「開けて良いよ」

 僕の声を聞いた理子がカーテンを開けると、ベッドライトに照らされた顔は笑顔で輝いている。どうやら悪い知らせではないようだ。

「どうした?」

「ねえ、遊びに行かない?」

「今から?」

 と、言葉を返したものの、その話はひどく魅力的に思えた。ちょっとした冒険だ。

「行くか!」

「うん!」

 いつもは感じないわくわくした気持ち。ちょっとした規則違反は若い心をくすぐって、僕らを誘った。

 とりあえずナースステーション前を通過しなければどこにも行くことが出来ない。音を立てないように注意しながら、ソロソロと車椅子を進める。

 暗い廊下がそこだけ明るい。ナースステーションからの明かりが照らしているのだ。

 僕はその入り口手前で車椅子を止めると、恐る恐る中を窺う。

 心臓の鼓動が少し早くなるが、決して不快なものじゃない。理子とちょっとした悪戯をしていることが楽しくて仕方ないのだ。

 手前の大きなテーブルに人影はない。さらに奥まった部屋に二人の看護師がテーブルを挟んで雑談していた。

 唾を飲み込みながら隙をうかがっていると、一人が雑誌を取り出した。そして開いたページを同僚に指し示す。二人は一緒に雑誌を覗き込んだ。

(いまだ)

 すぐ後ろの理子に合図すると、素早くそこを通過する。理子も遅れることなく僕に続いた。

 目に付かないところまで来ると、二人で大きく息を吐き出し、そして笑った。

「あれさあ、エロ本だったんじゃない?」

 チラッと見えた表紙が、それっぽく見えたのだ。

「まさかあ」

「いやいや、女だって見るかもしれないじゃん」

「え、脩君も見るの?」

「いや、俺は……見たことないけどさ」

「うそばっかり」

「ホントだって!」
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