夏の日の終わりに
 ようやく手を止めた理子は、今度は笑い転げた。

「脩君……ぷぷ……すごいくすぐったがり」

 ケタケタと笑い転げる理子は、ついにお腹が痛いと言い出した。

「何がおかしい」

 肩で息をしながら睨んで見せた。その僕の姿がさらにおかしかったのだろう。笑い声はさらに大きくなった。

「だって……ぷぷ……もうだめ」

「もうだめかと思ったのはこっちのほうだぞ。死ぬとこだった」

「大丈夫、死なないって」

「ホントだって。花畑で死んだばあちゃんが手を振ってるのが見えたんだから」

「ぶーっ!」

「この……」

 僕は仕返しをしようと理子の脇に手を伸ばす。

「あっ!」

 それを避けようと体をそらした拍子に、僕らはもつれて長いすに崩れた。すぐに体勢を直そうとする僕の目の前には理子の顔が現れた。

 息がかかる距離。そして小さな唇の距離はあまりにも近い。


 見詰め合ったのは一瞬だったろうか?


 僕は唇を重ね、そして理子は静かに目を閉じた。



 その時──



(そんな……)

 甘い感情に酔っていた心が殴られたように痛む。悲しみ、哀れみ、愛おしさ、やり切れなさ……

 僕には処理できない感情の波がどっと押し寄せた。

 今は抱きしめてやることしか出来ない。甘いはずのキスは薬品の匂いに満ちていて、そしてそれは薬品漬けにされた理子のイメージを連想させた。

「かわってあげたい」

 思わずその言葉が口から洩れる。

「そんなのやだよ……」

 理子は僕の首に両手を回してそう答えた。

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