夏の日の終わりに
 これほど悲しい思いをしたキスは初めてだった。

 自分が想像していた病状とは別次元のものだと、このとき初めて思い知らされたのだ。深淵に沈んで行くような心が僕の頭を支配した。

「ねえ……愛してる?」

 長い抱擁のなか、理子はそう問いかけた。

「うん」

「うん、じゃなくて愛してるって言って」

 恥ずかしくてとても口に出せるわけがない。テレビドラマじゃあるまいし、そんなセリフを臆面も無く言えるほど、僕はスレてはいなかった。



 桜のつぼみがふくらむ頃、僕らの恋は始まった。


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