夏の日の終わりに
 この頃、妙子さんと森君が相次いで退院した。取り残された僕らは自然と二人きりの時間が増える。

 寂しさはあったのだが、しかし僕らにはむしろ好都合だったのかもしれない。

 車椅子で外に遊びに行く時以外は、ほとんど理子が僕のベッドにはべっている。僕が女性部屋に行くことは出来ないので、それは当然と言えた。

 そのいつもの日常、病室の入り口から声が掛かった。

「ちょっと理子ちゃん」

 その声を発したのは松阪さんだ。少し険が含まれているように感じるのは気のせいだろうか。

 振り向いた理子を睨みつけている。

「女性がずっといると他の患者さんに迷惑なのが分からないの?」

 それはそうかも知れないが、そんな事はずっと以前からのことだ。今さら言うことではないだろうと、僕はその真意を量りかねた。理子も呆然と聞いている。

「すぐに出て行きなさい」

 明らかに敵意が含まれていた。

 すぐに謝って出て行くだろうと思っていた理子は、しかし動かない。無言のまま無視するように首を戻す。

 目を疑うような行動だ。

 理子は誰とでも仲が良い。素直で明るくて誰とでもすぐに仲良くなり、誰の陰口もしゃべることがない。だから誰からも好かれていた。

 そんな理子がこんな一面を見せるとは思ってもみなかったのだ。

「ふーん、そう。じゃあ婦長に報告しときますからね」

 松阪さんはそう捨て台詞を吐くと、きびすを返して病室を後にした。


「おい、どうしたん?」

 去ってゆく松阪さんが見えなくなると、僕は理子の行動を疑った。

 明らかに怒った顔を見せている。そんな表情を見たのは初めてのことだ。そして理子はこう言った。

「あたし、あの人大嫌い」

 なんと、理子にも好き嫌いがあったことは驚きだ。しかも嫌いなことを迎合するたちではないらしい。

 小さな女の子は、意思の強い一面を垣間見せた。
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