夏の日の終わりに
 正面玄関で父親の車を待つ間、僕と理子は二人きりで明るい日差しが降り注ぐ景色を見ていた。

 僕は今から解き放たれて、この光が降り注ぐ社会へと復帰するのだ。

 その出発点に立った僕と、まだ光の見えない理子。ここから僕らの道は二つに別れてしまう。

 ここで理子の涙腺の牙城はついに崩れた。

「寂しいよ」

 僕を見上げ、震える声でそう言った。

 僕の慰めは果たして真実なのだろうか? 出て行く人間の言葉は浮ついて聞こえないだろうか?

 そんな言葉の持つ危うさを意識すると、どんな言葉も浮ついて聞こえる。

「先に行って待ってる」

 それが真実の言葉だったと思う。理子は涙を拭きながら頷くと、赤い目で見上げて言った。

「待っててね」

「うん」



 やがて父親の車が乗降口に入ってくると、僕は理子に無言で頷き、そして乗り込む。静かに走り出した車内ですぐに話しかけてくる両親を無視して、僕は窓の外の理子を見つめていた。

 たった一人、大きな玄関にたたずむ小さな少女は、車椅子の上から精一杯大きく手を振っていた。

 きっとまた泣いているのだろう。

 車が左にカーブして門に向かうと、小さくなってゆく理子を目で追った。いつまでも手を振る姿がけなげで悲しい。その手は見えなくなるまでずっと振られていた。


 そう、ずっと……

 
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