夏の日の終わりに
 車窓の外に懐かしい住み慣れた街並みが見えてくる。とうとう帰ってきたという実感がようやく湧いてきた。

 家族に囲まれて住めるということはやはり心安らぐものがある。その家族の顔を思い浮かべる中で、一番僕の帰宅を待ち望んでいるのはやはり祖父だろうか? いや、もうひとり──

(というか一匹だな)

 小学校一年生のときだったか、外で遊んでいる僕らの輪に突然入ってきたのは小さな白い子犬だった。

(忘れられてたりして……)

 そんなことも考えられる。もうどれだけ顔を見せていないだろう?

 しかしそんな杞憂はまったくの無駄だった。車を降りたとたん、猛然と駆けてきた中型犬は、まっすぐに僕のもとへと飛び込んできた。ちぎれるくらい尻尾を振り、訴えるかのような目で見つめながら小さく鼻を鳴らし続ける。

「おうペロ、覚えてたか!」

 頭を撫でるが興奮は収まらない。老獪なペロがこんな仕草を見せるのは久しぶりのことだ。

「先に上がっててよ」

 僕は両親にそう告げると、玄関先の階段に腰を下ろした。飛び上がって顔を舐めようとするペロをかわしながら、その体を愛撫していた。

(ごめんな、もう会えないかと思ったか?)

 言葉が喋れたなら、いまこの犬は何と言っただろうか。でもその仕草で僕には十分に伝わった。

 いつまでも顔を見せないことにしびれを切らした祖父が玄関から出てきた。こっちも言葉少なだが、その表情に気持ちが表れている。

「おう、すぐ行くから」

 そう告げてからも、僕はなかなか腰を上げなかった。
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