夏の日の終わりに
 それからさらに一週間ほど過ぎた朝、僕はひさしぶりに高校の夏物の制服に袖を通していた。ついに憂うつな朝が戻ってきたのだ。

「脩がいないと寂しいだろ」

「学校来いよ」

「みんな待ってるんだからよ」

 学校の友人が次々と病院を訪れて言ったのは、僕の学校復帰だった。両親や教師の言葉には耳を貸さなかったが、友人らの言葉は僕の心を動かした。

(はあ……)

 渋々了承したものの、やはり気は重い。

 朝の風景の中に僕の姿があることが、妙に違和感がある。道行く人々と一緒に歩いていること自体信じられない。駅に向かう顔はどれも以前は良く見かけた顔だが、誰一人として「久しぶり」などという言葉をかけてくることもなかった。

 それから学校へ行くまでの道のりは散々だった。

 電車への乗降は、こちらが松葉杖をついていることなどお構いなしに押し寄せる人波に翻ろうされ、駅の階段を下りている時には急いだサラリーマンに肩をぶつけられ、危うく転倒しそうになる。通学路では周りを見ずにふざけあう学生に杖を蹴飛ばされた。

(世の中そんなに甘くはないな)

 誰しも松葉杖をついた人間に気を使ってくれるかと思っていたが、そんなことはない。身体に障害を持つ人間の疎外感が身に沁みる瞬間だった。

 しかし、その僕でさえ今まで身体に障害を持つ人たちをどんな目で見ていただろうか?

 周りを見回してひとりひとりの顔を見てみると、それは今までの自分の顔と同じだった。五体満足という言葉の本当の意味を理解するには、自分が五体不満足にならなければ分からないだろう。

 何気なく使っている言葉にこれほど重い意味があるなど思いもしなかった。
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