夏の日の終わりに
つい最近まで自分が生活していた病棟が、すでに遠い過去のように思えてしまう。わずかな時間が経過しただけで、僕はもうこの世界とは切り離された存在になっていた。
いまだその中にいる理子の表情が、今日に限って冴えない。
僕が顔を見せても笑顔を見せる事無く、うつむき加減のまま外へと促した。
屋上にあがると夕日が街並みをオレンジに染めていた。この時間になっても風は涼しさを運んでくることはない。もう、夏が近づいている。
「あのね……」
何度かためらいながら、理子はようやく口を開いた。
恐らく良い話じゃないだろう。どんな話を切り出すのだろうか、と身構えていた僕だったが、その内容は簡単に受け止められるほどのものじゃなかった。
「脚を切断しようかと思うの」
その言葉の重さに思考が凍りつく。言葉を返す余裕などない。ただ、その信じられないセリフを放った理子の目を見つめているしか出来ないでいる。
ようやく出てきた言葉は、もう一度確認するためのものでしかなかった。
「え……切断って」
慰めるとか励ますとか、そんな気の利いたセリフが出てくるわけがない。ただただ、真っ白になった思考が、答えを諦めたように頭の中を右往左往していた。
一呼吸置いて、理子は自分の置かれている状況を淡々と説明した。
「足を切断したらすぐに良くなるんだって。でも切断しなかったら助かる確率は半々だってお医者さんに言われたの」
薄々は気づいていた理子の病気の重さ。
あの時感じた不安を押しのけたくて、僕らは恋に夢中になっていたのかも知れない。しかし否応なく現実は追ってきた。
「ねえ、脩君はどうしたら良いと思う?」
理子にそう言われて、呆然とした頭を振って考えをまとめる。頼られていることが嬉しく、しかしそれはことさら重かった。
(半々……)
僕の頭の中に描いていた未来はそんな暗いものじゃない。このまま二人とも回復して、多少の不自由はあっても幸せに暮らす。それが一番の幸せだと信じていた。
いまだその中にいる理子の表情が、今日に限って冴えない。
僕が顔を見せても笑顔を見せる事無く、うつむき加減のまま外へと促した。
屋上にあがると夕日が街並みをオレンジに染めていた。この時間になっても風は涼しさを運んでくることはない。もう、夏が近づいている。
「あのね……」
何度かためらいながら、理子はようやく口を開いた。
恐らく良い話じゃないだろう。どんな話を切り出すのだろうか、と身構えていた僕だったが、その内容は簡単に受け止められるほどのものじゃなかった。
「脚を切断しようかと思うの」
その言葉の重さに思考が凍りつく。言葉を返す余裕などない。ただ、その信じられないセリフを放った理子の目を見つめているしか出来ないでいる。
ようやく出てきた言葉は、もう一度確認するためのものでしかなかった。
「え……切断って」
慰めるとか励ますとか、そんな気の利いたセリフが出てくるわけがない。ただただ、真っ白になった思考が、答えを諦めたように頭の中を右往左往していた。
一呼吸置いて、理子は自分の置かれている状況を淡々と説明した。
「足を切断したらすぐに良くなるんだって。でも切断しなかったら助かる確率は半々だってお医者さんに言われたの」
薄々は気づいていた理子の病気の重さ。
あの時感じた不安を押しのけたくて、僕らは恋に夢中になっていたのかも知れない。しかし否応なく現実は追ってきた。
「ねえ、脩君はどうしたら良いと思う?」
理子にそう言われて、呆然とした頭を振って考えをまとめる。頼られていることが嬉しく、しかしそれはことさら重かった。
(半々……)
僕の頭の中に描いていた未来はそんな暗いものじゃない。このまま二人とも回復して、多少の不自由はあっても幸せに暮らす。それが一番の幸せだと信じていた。