夏の日の終わりに
 しかし現実には僕のすぐそばに横付けし、そしてサイレンがとまった。 

 わらわらと救急隊員が車外に飛び出してくるが、本当に僕のためにやってきたのだろうか、との疑いは持ったままだ。

 正直世話になりたくない、というのが本音だった。

 軽い金属音と共に、後部のハッチから引っ張り出されるストレッチャー。

 いつの間にか遠巻きに見物人が集まってきていた。

 その目には心配とは無縁の好奇の色がありありと浮かび、それを遠慮なく投げかけてくる。そのことに無性に腹が立ち、そして胃からせり上がってくるような屈辱感が口の中に広がった。

 先ほどまで笑ってきたいわゆる『一般の人々』が今度は僕をあざ笑う番になったのだ。


(上から見てんじゃねえよ)


 唾を吐く力も声を張り上げる元気もない。なにより自分が無力であったことが一番腹立たしかった。


 そんな中、クリアになってゆく頭が状況を分析してゆくと、この事態が自分の考えよりも大きかったことに思い至る。
 
 救急隊員の表情は堅かった。名前と年齢を尋ねられ、差し出された指の数を数えさせられる。

 かすかな声でそれに答えると、ようやく救急隊員は頬を緩ませた。

「よく生きてたな」

 救急隊員は赤いフルフェイスのヘルメットを脱がせてくれた。ヘルメットを脱ぐ余裕もなかったのかと初めて気づき、開放感とともに差し込む眩しい日差しに目を細める。
 
 そのヘルメットは真っ二つに割れ、受けた衝撃の大きさを物語っていた。買ったばかりだったヘルメットのあまりの変わりように息を呑んだ。
  
(じゃあ……バイクは)

 ぐらりと首を曲げた先に待ち受けていたのは、やはり目を背けたくなる光景だった。

 さっきまで大気を切り裂いてたのがウソのように無残な姿に変わり果ててしまったバイク。フロントフォーク、フレームはよじ曲がり、ステア周りがグチャグチャに潰れた様は、誰が見ても一様に廃車と悟るだろう。


(ごめんな)

 
 僕は自分の痛みに愛車の痛みが加わるのを感じながら、心の中で呟いた。


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