夏の日の終わりに
「遅ーい」

 揃ったメンバーからのブーイングを軽くかわしながら、僕は台所のおばちゃんに声を掛けた。

「立派な家だね」

 旦那と別れ、一人で切り盛りして手に入れた家は、とても女手ひとつで建てたとは思えないほどだ。

「ありがと。でも二人じゃちょっと広すぎるかな?」

「じゃあ僕が住んでやろうか?」

 冗談を言ったつもりの言葉に、おばちゃんの表情が真剣になる。僕は慌てて今の言葉を取り消そうとしたが、おばちゃんの答えのほうが早かった。

「本当、そうしてくれないかな?」

「ええ?」

 突然突きつけられたその問いは、僕の言葉を詰まらせた。

 そんな僕を見て笑ったおばちゃんの表情が誰かに似ている──

(理子が悪戯するとき!)

 そこに思い至ったとき、これがおばちゃんの悪戯なのだと理解した。いっぱい食わされたのは僕のほうだ。

 人が悪いな、と息を吐きかけた時、おばちゃんはもう一言付け足した。

「もうちょっと先の話かな?」

 覗き見るような目つきが、僕と理子の関係を知っていることを物語っている。

(あちゃー……)

 急に恥ずかしさと座りの悪さを覚えた僕は、引きつった笑いを残してキッチンを後にした。
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