夏の日の終わりに
 長い時間同じ釜の飯を食った仲と言っていい。そんな気の置けない連中との会話は尽きることがなく、予定を大幅にオーバーしての帰宅となった。

 どういうわけか次から次にビールが出てきたものだから、帰り道はほろ酔いで千鳥足もおぼつかない。よくどこかで転倒しなかったものだと、朝になって感心するほどだった。



 蝉の声がせわしなく響く午後。夏休みを迎えた僕を待っていたのは一本の電話だった。言うまでもなく、それは理子からの電話だ。

「お母さんがね、仕事で家を空けなきゃいけないんだけどね」

「うん」

「えとね」

「うん、なに?」

「家に泊まりにこない?」

「えーっ!」

 突然の展開に、僕は思わずそんな声を上げた。

 次の瞬間、わずか1バイトほどの容量しかもたない脳内では、必死にその後の行動を計算している。

(泊まるってことはアレだよな)
(いやいや、理子に限っては)
(いや、もう高校生なんだし)

 心の中の天使と悪魔が壮絶な戦いを始めたせいで、クーラーのついていない部屋の温度がさらに上がった。

(だいたい、おばちゃんにバレたら……)

 そんな僕の心を見透かしたように、受話器の向こうの声が変わった。

「変なことしちゃだめよーん」

(げえ、おばちゃん!)

「可愛い娘が独りじゃ心配だからさあ、泊まってくんないかなあ?」

「は、はい」

 公認でのことなら話は別だ。僕はあくまでおばちゃんに頼まれたのだから引け目を感じる必要はない。決して浮ついた心で行くわけじゃない。おばちゃんの頼みを引き受けただけだ。

(──と、自分に言い聞かせて……)

 電話を切るやいなや、普段は恐る恐る降りる階段を飛ぶように駆け下りる。すぐに外泊の支度を始めたが、箪笥の引き出しを開けたままいったん動きを止めた。
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