夏の日の終わりに
 目の前に広げられたのは赤、青、黄色と多種多様なデザインのトランクスだ。

(どれにするか……)

 やましい心があるわけじゃないと断っておく。しかし、万が一……そう、万が一でもという時のために準備はしておかなくちゃならない。

(ちょっと渋いな)
(どうでもいいじゃんよ、そんなこと)
(いやいや、これは派手すぎる)
(だから変なこと考えるなって)

 再び繰り返される心の大戦争。どうやら悪魔のほうが優勢に闘いを進めているようだ。

「あんたパンツ広げて何してんの?」

 いきなり背後から母親が掛けた声に、僕の背筋が硬直した。

「いや、別に。今日友達のとこに泊まりに行くから」

 どれでもいい、トランクスを一枚取り上げると、慌てた手つきでそのままバッグに押し込んだが、外泊なんてしょっちゅうやっていることだ。特に怪しまれることもないだろう。

「彼女?」

 心臓への負荷が限界に達しそうだった。

「違う違う、ほら、いつもの永山んちだって」

 適当に口に上らせたのは、仲の良い友人の名前だ。そのまま立ち上がると、逃げるように家を出た。いくつになっても女の勘はあなどれない。



 バスを降りた僕は、いったんコンビニへと立ち寄った。向こうで揃えているかも知れないが、手ぶらで行くわけにはいかないだろう。

 しかしジュースやお菓子くらいは、という気持ちのほかに、実はもうひとつ目的があった。

(買うか……)
(いや、まだ早いって)
(でも万が一のときはどうする?)
(自分で制御しろ)
(そりゃムリだ)

 ここに来て天使の敗色は濃厚になってきた。
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