夏の日の終わりに
 当日は駅で待ち合わせをしていた。

 九州の玄関口となっているこの駅は、僕にとっては毎日利用するありきたりな駅だったが、改めて見渡すと人の往来は激しく、理子がまっすぐ辿り着けるか心配になっていた。

 大理石風の大きな柱に身をもたれて見るともなしに雑踏を眺めることほんの5分くらいだったろうか、人波の間にぴょこぴょこと歩いてくる理子の姿を発見した。

 小さな頭をきょろきょろと動かし、僕の姿を探しているようだ。

(来た!)

 僕は手を挙げて知らせようとする。その次の瞬間だった──


 ひとりのサラリーマン風の中年男性が抱えたバッグが、理子を追い抜きざまに松葉杖を跳ね飛ばした。

「あっ!」

 思わず声を上げた僕の目線の先で、理子の小さな体が人波に沈む。

「理子!」

 その人ごみを掻き分けて急いで駆け寄ると、床に両手をついた理子の姿があった。近くの女性が杖を拾い上げてくれていた。

「大丈夫か?」

 普通の人間が転倒するのと、足に重度の障害を抱えた人間が転倒することはその重大さが大きく違う。ほんの小さなきっかけでどんな後遺症が残るか分からないのだ。

「あー、脩君」

 僕の意に反して理子の声は明るく、それは拍子抜けするほどだった。

「大丈夫、心配ないよ」

 本当に何事もなかったように笑うと、杖を拾ってくれた女性に礼を言って立ち上がった。しかし僕の怒りが収まったわけじゃない。

 見えなかったもののように無視して通り過ぎたサラリーマンを探す。

 歩き去った方向に目を凝らすと、果たして後頭部が薄くなったその姿が目に入った。振り返ることもせずに歩いてゆく男に怒りは頂点に達した。

「あの野郎。理子、ちょっと待ってろ!」

 喧嘩っぱやいのは父親譲りだろう。沸騰した頭が歩を男に向けさせた。
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