夏の日の終わりに

確率

　夏休みが終わると、また牢獄のような学校へと逆戻りだ。毎日が憂うつなある日母親は唐突にこう言った。

「癌だって」

「癌？」


　先週、夕食を囲んでいるさなかに祖父が突然箸を置いた。

「メシが喉を通らん」

　その言葉の意味を僕らは取り違えていた。

「心配事か？」

　こんな歳になっても心配事などあるのだろうかと、僕は冗談交じりに聞いた。

「喉がおかしい」

「喉？」

　首をかしげながら喉をさする祖父は、何度も「おかしい」と繰り返しながら席を立った。

　心配した家族が念のため僕の入院していた大学病院へと連れていったのだが、その結果が今日出たのだった。そして判明した病名が『食道癌』だ。

「治るの？」

　真っ先に聞いたのは当然そこだ。命に重大な危険を及ぼす病気であることくらいは重々承知している。

「手術すれば半々の確率では治るって。でもしなかったら３年は持たないだろうって……」

「じゃあ手術しないと」

「手術しても駄目だったら？」

「やらなかったら確実に死ぬんだろ？　考える事ないじゃん」

　当の本人は抜きにして、その晩遅くまで家族会議が行われた。手術をしても半々の確率という点が母親には気に掛かるところだったようだが──

（半分も助かる確率があるじゃん）

　それが僕の意見だった。そして祖父は翌週、病院のベッドに居た。
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