夏の日の終わりに
 骨腫瘍。頭を撫でた時の拒否反応。赤い注射……


 不安がポツリポツリと頭の中に浮かび、時折感じていた暗い影が再び頭をもたげてきた。

(助かる確率は半々)

 祖父も、そして理子も。


 その考えに思い至ったとき、ひとつの疑問が頭に浮かぶ。

(じいちゃんは失敗したら死ぬところだった。じゃあ理子は……)

 屋上で理子は何と言っただろうか? 確か「治る確率は半々」と。


(じゃあ、治らなかったらどうなるってんだ?)


 その答えは聞いていない。そして聞くことも出来なくて、そのまま受話器を置いた。



 それからの放課後のスケジュールは過密なものになった。リハビリが終わるとそのまま祖父の病室へ。そこでひと時過ごしたあとは整形外科病棟。

 そう、今また理子がそこに居た。

「こわいよ。こわいんだもん」

「仕方ないだろ。手術しないと治らないんだから」

 ベッドの上から抱きついて理子は泣いていた。よく笑う反面、意外と涙も見せる女の子だ。明日の手術への恐怖が、今日は泣き虫の女の子にしていた。

「だって、手術したあとってすっごく痛いんだもん」

 そりゃそうだ。内臓の手術をしたことのある僕だから分かるが、骨への手術後の痛みといったら、それは腹を切った痛みの比じゃない。過去の記憶を甦らせるだけで顔をしかめるほどだ。

 もちろん僕でも理子の立場であったら、正直泣きたくなるといっても過言じゃない。その状況が分かるだけに下手な慰めなど無駄だと分かっている。

 僕は考えあぐねていた。

 その中で、ひとつ思いついたことがある。思わず手を打って身を乗り出した。

「よし、治ったら沖縄でも北海道でも好きなところに連れて行ってあげる!」

 それは漠然と考えていた当面の夢だ。理子と二人で旅行に行きたいと言うのが小さな願いだったのだ。
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