夏の日の終わりに
 空気が読めないのはその彼女も同じだった。

「こんちはー」

 甘ったるい声で挨拶されたが、僕は返事を返さない。すると矛先は理子へと向けられた。

「事故で入院してんの?」

 ずけずけと質問している同級生の頭をぶっ飛ばしたくなる衝動に駆られる。しかし理子が争いごとを毛嫌いしているのは先刻承知だ。

「いや、あの……病気で」

 突然話を振られたことに驚いた理子はたどたどしく答えた。

(言わなくていいんだって)

 僕は心のうちで舌打ちをした。

 さらに神経を逆撫でするように、同級生の彼女は首をかしげて笑顔で言う。

「かわいそうだねえー」

 何も知らない奴に心無い同情など向けられたくはない。それこそ僕の怒りに油を注ぐようなものだ。

「お前らの知ったこっちゃねえんだよ」

 もう我慢がならない。僕は理子を促すと無言で歩き始めた。

(何でこんなにイラつくんだ!)

 先に歩き出した僕を理子が慌てて追う。

 そして僕はしばらくずっと無言のまま歩いていた。すぐ後ろについて来ている理子も押し黙ったままだ。

 ついさっきまでの二人が嘘のように静まり返っている。僕らの間を吹き抜ける風は冷たく、落ち葉が足元をかすめていった。

「ねえ……」

 先に口を開いたのは理子だった。

「ん?」

「ごめんね」

「なにが?」

 僕の言葉にはまだ険が含まれている。胸の中でくすぶる怒りを鎮められないでいた。

「あたしの足がこんなだから彼女って言い難かったんでしょ?」

「違うよ。馬鹿、なに言って……」

 振り向いた時、理子の頬には涙が伝っていた。

「ごめんね。あたしシュウ君の荷物かなあ?」

「そんな訳ないだろ。ちょ……泣くなよ」

「あたしの足が普通だったらちゃんと彼女って紹介してくれたのかなあ?」

「だから違うって!」

「ごめん……」

 理子の声は次第に震え、嗚咽が混じってきた。なんとか感情を抑えようとこらえる姿に胸がギリギリと痛む。

「あたしが……あたしは……」

 そこで途切れた理子の言葉。代わりに溢れて止まらない涙。傷つけてしまった僕の罪が涙に変わり、流れては落ちた。

(俺は……馬鹿だ)

 
 
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