夏の日の終わりに
 話に聞いてはいた。何度も──


 そう、何度もだ。


 理子は何度も「苦しい」と口にしたはずだ。だが、それに答える僕の返事はこうだった。「そうか、大変だな」と。

(俺は何してんだよ!)

 握り締めた拳が怒りで震えた。そう、それは僕に対する怒りだ。いますぐにでもコンクリートの壁に頭をぶつけてしまいたいほどの衝動が突き上げてくる。

(全く、分かってなかったじゃないか!)

 目の前で小さく震えて咳き込む理子が痛々しくてたまらない。

 僕は理子の苦しみの何十分の一すら分かってあげられなかった。一番近くにいて、一番好きでいたはずなのにだ。

(知らなかったんじゃない。知ろうとしなかっただけだ……)

 足が悪いということで理子と僕は共通点があると思っていた。対等な立場だと思っていた。それはとんでもない思い上がりだったのだ。

 僕だけが分かってあげられる人間だと、そう自信があった。しかしそれは全くの虚像だったことを思い知らされた。

(悲劇のヒーロー気取りかよ……)

 そう、僕は甘かった。そして弱かったのだ。

 今日の理子はヘアキャップを被っている。僕は涙がこぼれそうになるのを必死にこらえ、そんな顔を見られるのが嫌で、ベッドに腰掛け、座っている理子を抱きしめた。


 乱れた呼吸音が耳に痛い。その痛ましい理子を包み込むように、僕は頬を頭に寄せる。


 
 そのとき、僕はすべての意味を理解した。


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