夏の日の終わりに
 地下鉄を降りると、もう夕日はとっぷりと沈んだ後だった。急に冷たくなった風が首筋を撫で、僕はコートの前を閉じ、マフラーに首をうずめるようにして病院の門を潜った。

 今日はリハビリは休みだ。純粋に見舞い客として訪れるのは久しぶりだったので、少しばかりお洒落をして、消灯時間までは理子と一緒にいようと約束していた。

(その前に……)

 いつものように祖父の容態を確認するために、第二外科病棟へ続く廊下へ足を向ける。しかしエレベーターを降りると、そこには慌てて公衆電話コーナーに駆け込む母親の姿があった。

 僕には気づかない様子で、焦ってテレフォンカードを取り出している。

「お袋」

 僕の声にはっとあたりを見渡す。そして僕に目を留めると、険しい表情で言った。

「おじいちゃんが大変なの。ちょっと電話するから先に行ってて!」

「まさ……か」

 ことの真偽を確かめるまでもない。とても悪い冗談には思えなかった。

 急いで足を踏み出した僕だったが、いったん考えを巡らすと、その足を整形外科病棟へと向けた。

(よりによってこんな時に)

 何日も前からこの日の話をして、楽しみにしていた理子の顔が目に浮かぶ。消灯時間まで居てあげると言った時は、大はしゃぎして喜びを隠さなかった。

 重い足取りで病棟へ足を踏み入れると、去年のような連中はいないようだ。クリスマスイヴだというのに、いたって静かなたたずまいを見せている。

 その一室へと足を踏み入れると、相好を崩した理子が待ちきれなかったと言うように腰を上げた。僕は対照的に硬い表情のままその理子を制した。

「ごめん理子。じいちゃんの容態が急変したんだ。すぐ行かなきゃ」

 その言葉に硬直する理子を見て、僕の胸にチクリとした痛みが走る。戸惑う理子をよそに、僕はそそくさとプレゼントを渡した。

「これ、クリスマスプレゼント」

 それを渡すなり、そのまま部屋を出た。理子がどんな顔して受け取ってくれるだろうか? 箱を開けたとき、どんな表情を見せるのだろか? どんな言葉が返ってくるだろうか? 喜んでくれるだろうか?

 様々な思いを巡らして買ってきたクリスマスプレゼント。しかしこのときの僕には、それを確かめる余裕などどこにもなかった。
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