夏の日の終わりに
 再び訪れた第二外科病棟。その祖父の部屋の前は異様な雰囲気に包まれていた。

 中から漏れ聞こえる声がその緊迫感を伝えてくる。

「お父さん、しっかりして!」

「奥さんちょっと離れて! 危ないですから」

「お父さん、お父さん!」

「おい、ちょっと外に出てもらえ!」
 
 民子おばさんの悲痛な声と医師の罵声。その想像される事態に足が震え、僕は歩みを止めた。

 やがて開かれたドアから放り出されるようにして、母親とおばさんが廊下に出てきた。

「じいちゃん、どうなの?」

 わずかに聞こえたやりとりだけでもおおよその見当はついている。しかしそれでも詳しく聞いておきたかった。

「さっき心臓が止まってね、今から心臓マッサージするんだって」

 覗き見ると、医師が祖父のはだけた胸に腕を立て、何度となく上下運動を繰り返している。その横には看護婦が大きな風船のような呼吸補助器具で、口から肺に空気を送り込んでいた。

「もうだめかも」

 そう呟いた母親に、民子おばさんが強く反論する。

「まだわかんないわよ」

 いつも温和で怒ったところなど見せたことがない。そのおばさんの激した口調を聞いたのは初めてだ。母親は目を丸くし、そして黙り込んだ。

「おばさん、じいちゃんがそんな簡単にくたばるわけないって」

「うん、そうだよね」

 取り出したハンカチで目頭を押さえながらそう答えた。

「親父は?」

 すっかり消沈している母親に尋ねる。

「大阪。明日まで帰れないって」

「兄貴は?」

「もうすぐ来るって」

 僕はひとつ息を吐いて病室の窓を睨んだ。

(じいちゃん、まだ死ぬなよ)
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