白頭山の残光
TSUKUBA
 翌日、三人でつくば市へ移動しておく事にした。何しろ目的が目的だから、早い方がいいし、ソンジョンの挙動ではいつなんどき正体がばれてもおかしくないので、人目の多い東京を一刻も早く離れた方がいいというのがソナの意見だった。もちろん美里も全く同感だった。
 当初、美里はなんとかこの二人から逃げ出せないかと思ってはいた。それをしなかったのは、特殊な軍事訓練を受けているらしいこの二人相手では、素人の自分ではとうてい太刀打ちできないと思ったからだ。
 下手に逃げようとして失敗したら、彼らの秘密の計画を知ってしまっている以上、殺される危険もあった。だから、逃げ出そうとは思いながらも、それを実行に移す勇気はなかった。
 だが、丸一日行動を共にして美里は、このパク・ソンジョンという男が、思ったほど悪い人間ではないと思えてきた。ソナの方はさすがに情報部員だけあって、常に何か背筋がすっとするような緊張感を感じさせられたが。
 美里自身は在日朝鮮人といっても四世なので、親の世代ほど韓国にも北朝鮮にも、いい意味でも悪い意味でも、これといった思い入れはない。しかし、ソンジョンの話の端々から垣間見えた北朝鮮という国の実情は、美里の心をそれなりに揺さぶった。
 朝鮮半島の南北統一を、望んでいないと言えば、美里にとってもそれは嘘になる。自分がそのために何かをしようという気にまではなれないが、ソナとソンジョンがタイムトラベルという奇想天外な方法でそれを実現しようというのなら、「朝鮮人」というアイデンティティを持つ自分としても無関心ではいられない、そう美里は感じ始めていた。
 そして、それ以上に、美里は理論物理学の研究者、少なくともその卵である。地震とサイクロトロンの誤作動が偶然重なって作りだされた物とは言え、タイムトラベルを可能にした、あの時空の穴には興味があって当然だ。そして、無理強いされての事とは言え、自分自身が人類初のタイムトラベルを経験する。それは美里にとってはあまりにも魅惑的な事だった。
< 22 / 63 >

この作品をシェア

pagetop