白頭山の残光
 そこでソナが急にぐっと美里とソンジョンに体を寄せてきてささやいた。
「まずい!周りの注意を引いちゃってるわ」
 話に夢中になってつい三人とも声が大きくなってしまったらしい。朝鮮語で声高に議論していたものだから、通行人が珍しげにこちらを見ている。つくば市でも今時外国人は珍しくないが、変な注目を引いては困るのは確かだ。
 三人は急ぎ足で駐車場へ行き、美里の軽自動車に乗り込んだ。美里のアパートへ着くまでの間、ソンジョンは例によって「一般人民でも自動車を持っていると言う話は本当だったのか?」などとつぶやいていたが、美里とソナは相手にせず、とにかく美里の部屋に入った。
 美里の部屋は3階建てのアパートの二階にあり、1LDKの構造だ。まずリビングのソファに三人で座り、さっきの話の続きを始めた。まず美里が疑問を口にした。
「さっき、あんた自分は『ソブン』がいいから、とか言ったわよね?ソブンって何?」
 ソンジョンがもう一度その言葉を発音してみせると、ソナも顔をしかめて何の事か分からないと言う。北朝鮮の朝鮮語独特の訛りのせいかと思ったが、ソンジョンに紙にハングル文字で書かせても全く見当がつかなかった。試しに漢字で書かせてみて、美里もソナもやっとその意味が分かった。
 「成分」とソンジョンは漢字で書いた。これで「ソブン」と発音するらしい。ソンジョンは説明を続ける。
「三階層51成分というのを聞いたことはないか?」
 美里もソナも首を横に振る。
「共和国では人民を大きく三つの階級に分ける。核心階層、動揺階層、敵対階層の三つだ。核心階層というのは、労働党と政府の指導に忠実と思われる人民。動揺階層は、一応国家に従順だが何かあった時裏切る可能性がある人民。敵対階層は、その名の通り国家に反逆する可能性が高い要注意人物という事だ。そしてそれぞれの階層が15前後の成分に分けられる」
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