白頭山の残光
 ある日、ソンジョンがまだ戻らないで、美里はソナと初めて二人きりで自分のアパートでゆっくり話す機会を得た。もう夕方で、ソナの潜入準備はあらかた完了していたので、缶ビールを飲みながら、どちらかともなくしゃべり始めた。
「この計画、成功するといいわね。韓国に統合されれば、北朝鮮の同胞だってソンジョンが言ってたような悲惨な暮らしから抜け出せるわけだし」
 だが、ソナはこの時だけは非情な女スパイとしての顔を捨て、年齢相応の一人の韓国人女性の顔になって、複雑な表情で言った。
「韓国って、ソンジョンが思っているような『地上の楽園』かしらね?」
「え?今、韓国の経済は絶好調じゃない。日本がいつまでも不景気なのと違ってさ。うちの大学の経済学部じゃ、サムスンが日本企業を追い抜いたとか、現代(ヒュンデ)自動車がトヨタの上を行ったとか、そんな話で持ちきりよ」
「ねえ、美里。1997年の事を知ってる?」
「1997……もしかして、アジア通貨危機の事?」
 こっくりとうなずくソナ。美里は言葉を続ける。
「あたしも子供だったから後で知った事だけど……」
< 31 / 63 >

この作品をシェア

pagetop