白頭山の残光
 警備の自衛隊員たちは美里の顔を知っているらしい。ドアの前の二人が一旦持ちあげた自動小銃の銃口をためらいがちに下にそらす。
 次の瞬間、ソンジョンが何かをドアのそばの床に放り投げた。カン!と金属がぶつかった音が響いた瞬間、真っ白な煙が廊下に立ちこめた。どうやら催涙ガスか何かを発する手投げ弾だったらしい。
 警備の男たちがひるんだ隙を逃さず、まずソンジョンが煙の中を突進し、あっと言う間にその二人を床に投げ倒した。煙がやや薄れたところでソナが美里を引っ張って移動し、ドアを開ける。
 後方から迫っていた数人に向けてソンジョンの拳銃が火を噴いた。美里は手錠がかかったままの両手で思わず顔を覆った。銃が発射される場面を実際に見たのは生まれて初めてだった。
 ソンジョンの拳銃は5回発射され、その度に近づいていた男たちが一人ずつ床に崩れ落ちる。最後の一人がうめき声を上げながら倒れた後、その場に立っていたのは美里とソナとソンジョンだけだった。
「こ、殺したの?」
 美里は顔面蒼白になって訊く。ソンジョンは息一つ乱さず、落ち着き払った口調で答えた。
「足を撃ってしばらく行動不能にしただけだ。急所ははずしてあるから、それは心配ない」
 美里は改めて、この二人が自分とは別世界の人間である事を理解した。あの状況で平然と人に銃を向け、しかもわざと急所をはずす、そんな事を簡単に、かつ冷静にやってのけるとは……
「美里、ぼうっとしてないで!行くわよ」
 ソナに促され、美里はサイクロトロンの内部に通じるドアを通り抜けた。ソンジョンが背負っていたリュックを一旦下ろし、中から針金を取り出す。閉じたドアの取っ手と近くの金属柱に針金をぐるぐると何重にも巻きつけて、外からドアを開けられないようにした。
「一時しのぎだが、時空の穴の向こうに追手が来るのを少しは遅く出来る」
 針金を巻き終わったソンジョンはそう言った。ソナが美里の手錠をはずしながら呼応するように言う。
「それにこっちが武装している事は知れたから、自衛隊部隊が突入して来るとしても2,3日はかかるわね。日本政府の決断の遅さは筋金入りだからね」
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