白頭山の残光
「北韓って、そんな社会なわけ……」
 ソナが心底あきれた口調で言った。ソンジョンが話を続ける。
「そして二年前、今度は彼女の父親が事故を起こした。彼女のお父さんは市内のバスの運転手だったんだが、軍用トラックが横から猛スピードで衝突した。運転していた兵士が居眠り運転をしたらしい。バスの燃料タンクが壊れて火がつき、彼女のお父さんは乗客全員を必死でバスから脱出させた。幸い乗客は全員命は無事で済んだ。そして彼女のお父さんは政治犯収容所へ送られた」
「だから!なんで、そうなるのよ?」
 今度は美里はもう叫ばずにはいられなかった。
「乗客の命を助けた英雄でしょ?なんでそういう事になるの?」
「そのバスは火に包まれて全焼した。車内に飾られていた金日成主席の肖像画も燃えてしまった。肖像画を持ち出せなかった事をとがめられて、それに、彼女の祖父の前歴があったから、労働教化所ではなく、政治犯収容所送りになった」
 一瞬の沈黙の後ソナが怒気を含んだ口調で言う。
「それって、戦前の帝国主義時代の日本人がやってた事と同じじゃないの?」
 美里も同調した。
「ええ。戦前はあちこちに天皇の写真を飾って、それを粗末に扱っただけで罪に問われた。どこかの小学校が火事になって、生徒は全員無事避難したのに、わざわざ天皇のご真影を取りに火の中に戻って焼死した校長がいた。その人は地域の英雄扱いされた。そんな馬鹿な事を戦前の日本人はやっていた。あたしは朝鮮学校でそう習った……でも、ソナの言う通りだわ。その憎き日帝と同じ事を北朝鮮はやっている事にならない?」
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