白頭山の残光
「そういう事になる。それに、若い女が収容所へ送られたら看守たちのいいオモチャになる」
「オモチャ?」
 ソンジョンは無言で、空いている左手を伸ばし、自分の股間を指差した。その意味するところを悟って、美里は全身に鳥肌が立った。
「彼女はそれほど体が頑丈な方ではなかったから、多分もう生きてはいないかもしれない。たとえ生きているとしても、もう正気ではいられないだろう。彼女が生き延びても、俺と再会出来る事はない。俺が同じ政治犯収容所へ送られでもしない限り」
 もう美里は聞いていられなかった。夏とはいえ、北朝鮮の山の夜は気温が低かった。だが、美里の体が小刻みに震えだしたのは、単に肌寒さのせいだけではなかった。それに気づいたソナが、銀色の薄い布を彼女に放った。
「美里、しばらく横になってなさい。できれば少し寝ておいた方がいい」
 その布は防災用の毛布らしかった。それにくるまると驚くほど暖かい。美里はそのまま地面に寝転んだ。数分で睡魔が忍び寄って来た。眠りに落ちつつある美里の耳に、ソナとソンジョンの会話がかすかに響いていた。
「じゃあ、ソンジョン。あんたが歴史を変えようと思ったのは、その恋人を救いたかったから?」
「そうじゃない、と言ったら嘘になるだろうな。こんな無謀な計画を持ちかけたのが実はそんな個人的な動機だったと知って、怒っているか?」
「別に。いいんじゃない。身近な誰かを守りたい、救いたい……革命や戦争だって、もともとはそんな感情から始まったんじゃないかしら」
 そういう会話を聞きながら、美里は深い眠りに落ちて行った。
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