白頭山の残光
 美里はやっとか細い声を出す事が出来た。
「ソナ……これは一体……」
 ソナは涙を流し続けながら、左手でソンジョンの頭をやさしく撫でながら、美里に顔を向けた。
「この年から3年後、韓国はアジア通貨危機に襲われる。最初あたしは命令に疑問を抱いていた。いっそ命令を無視して、この人の目的を遂げさせてやろうか……そう思った時もある。でも、あたしにも分かった。あんな時代遅れで、貧しくて、独裁体制に慣れきって、自分自身で物を考える力さえ失くした同胞を、二千万人も抱え込んだ状態でアジア通貨危機に直面したら、あたしの祖国は到底持ちこたえられない。漢江(ハンガン)の奇跡と言われた、あたしたちの親、祖父母の世代が築き上げた韓国の繁栄は、根こそぎ台無しにされてしまう!」
「ソナ……」
 美里は何かを言おうとした。だが、言葉が出て来なかった。
「美里。巻き込んでしまってごめんなさい。あなたは2011年に帰って。あたしはここで自分の罪を償わなければならない」
 そう言ってソナは、拳銃の銃口を自分の頭に押し当てた。
「やめて!ソナ!」
「あたしは、祖国統一を願う韓国人全員の想いを裏切った。そして北の二千万の同胞を、この先の時代に待っている生き地獄に突き落とした。だから……」
 その時、激しい揺れが二人のいる地面を揺らした。美里が立っていられないほど激しい震動だった。だが、地震ではなかった。ほんの数十メートル離れた場所にある木々は葉っぱ一枚揺れていない。時空の穴が何か異変を起こしている!
 美里の背後でバリバリという音がして、時空の穴から数人の戦闘服姿の男たちが転がり出て来た。自衛隊の突入部隊らしい。
「金本さん!早く、こっちへ!穴がふさがりかけている!」
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