白頭山の残光
NIIGATA 2011
 まだ蒸し暑い日が続いているが、そこかしこに夏の終わりの兆しが見え始めた9月の初旬、美里は新潟市にいた。
 美里たちが通り抜けて、こちらの2011年の世界へ戻ると同時に、あの時空の穴は消滅してしまった。現れた時と同じく、突然に、かつその理由も一切不明のまま。そして研究所の必死の努力も空しく二度と現れず、その存在した痕跡さえ残らなかった。
 美里は政府の施設に一カ月以上監禁され、数え切れないほどの人数の人間から連日尋問を受けた。何故あの二人と行動を共にしていたかという点だけはソナの筋書きに従って嘘をつき通したが、それ以外の点では美里は自分が見聞きした事、ソンジョンから聞かされた事を全て話した。
 一度数人の政府関係者の中に、日本語で話していたが明らかに韓国人とおぼしき中年の男が混じっていた。ソナの事を何度もしつこく訊いていたから、あるいは韓国の軍か諜報機関の人間だったのかもしれない。
 ようやく解放された美里は、突然勤務先の大学から、9月1日付で新潟市内の女子大に転勤する事になったと告げられた。大学自体も学生のランクも二流どころの地方の私立女子大だった。
 研究者としての実績など何もない美里を即准教授にしてくれると言う。給料も倍増、という破格の厚遇だった。だが、研究者としてのキャリアは閉ざされる事になる。美里は渋ったが、話の途中で、それが事実上の日本政府からの命令だという事を悟った。
 准教授の地位も破格の給料も、あの一件の口止め料という事なのだろう。美里には受け入れる他に選択肢はなかった。
< 61 / 63 >

この作品をシェア

pagetop