白頭山の残光
 新潟へ赴任する直前、美里は二年ぶりに大阪郊外の実家を訪れた。あの時空の穴と美里のタイムトラベルの事は両親にも話せなかった。しばらく実家でのんびり過ごし、明日は新潟へ、という前日の夜、美里は思い切って日本に帰化しようかと考えている事を両親に告げた。
 てっきり怒り狂うと思っていた父親は意外な事に、「おまえがそうしたいと言うのなら、反対はせん」とボソリと答えた。そして黙りこくったまま、寝室へ行ってしまった。母親はかすかな頬笑みを浮かべながら、それでいてどこか悲しそうな目をしていたが、結局何も言わなかった。
 そして9月から美里は、その新潟の女子大に勤務し始めた。案の定、学生のレベルの低さにはうんざりさせられたが、のんびりした雰囲気に慣れるうちに美里も、こういう生活も悪くはないような気がしてきた。
 何故行き先が新潟だったのかは、美里にもよく分からない。新潟港がかつて日本と北朝鮮との間の数少ない貿易拠点だった事と何か関係があるのだろうか?かつて帰還事業で北朝鮮へ渡った在日朝鮮人が北朝鮮へ向かう船に乗り込んだ港だった事と何か関係はあるのだろうか?
 ひょっとしたら美里が北朝鮮に亡命でもする事を日本政府が期待したのか?もしそうなったら日本政府は厄介払いが出来て喜ぶかもしれないが、あの国の真実を知った今の美里に、もちろんそんな気はない。
 新潟へ引っ越して以来、休日や仕事帰りの空いた時間を美里は市役所に近い海岸沿いの西海岸公園で過ごす事が多くなった。秋の気配を漂わせ始めた日本海の風に吹かれながら、ただぼんやりと水平線をながめて過ごすようになった。
< 62 / 63 >

この作品をシェア

pagetop