白頭山の残光
 日本国籍への帰化申請の書類はもう提出するだけになっていた。だが美里はいつまでもそれを提出できずにいた。今度こそは、と決心するたびに、ソナの最後の言葉が美里の頭の中によみがえって来てしまう。
『在日同胞。せめてあなたたちは……』
 あの時ソナはそう叫んだ。せめてあなたたちは……その続きは一体何だったのだろう?それを考え始めると、なぜか役所からUターンしてしまい、未だにズルズルと書類を出せないままでいる。
 今日も美里は公園のベンチに腰掛け、水平線の彼方で朝鮮半島につながっている海を見つめている。そしてこんな事を考えていた。
 過去の時点での日付とはいえ、ソナとソンジョンが死んだのが7月7日、つまり七夕の日だったのは、せめてもの美しい偶然だと考えるべきだろうか?それとも皮肉な事だと考えるべきなのだろうか?
 国家や政治という目に見えない大河に引き裂かれ、敵同士として人生を送り、束の間愛し合い、そして最後にはまた敵同士として死んでいった、半島の北の男と南の女。あの山の中で、二人はせめて一つになって土に還れただろうか?
 あの国もいつの日か解放される時が来るのだろうか?誰でも自由にあの国と行き来できる時代が来るのだろうか?そして、いつの日にか、美里も見る事が出来るのだろうか?
 ソンジョンが「この世で一番美しい」と言っていた、白頭山の残光を。
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