妹神(をなりがみ)
 顔のあちこちが焼けるように熱かった。こりゃ相当腫れあがるな、明日は。口の中では血の味がした。俺は痛みをこらえながら床にへたり込んでいた奴に声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「馬鹿野郎!弱いくせにかっこつけるなよ!」
 それが相手から返ってきた言葉だった。
「おかげで完全に目つけられちゃったじゃないか!金渡せば済むことなんだから、余計な事するなよ、この馬鹿野郎!」
 そう言ってそいつはその場を逃げて行く。そりゃ感謝してもらおうと思ってやったわけじゃないけどさ、助けてやった相手からの言葉がこれかよ、まったく……俺は左頬を手で押さえながら屋上へ向かう。その途中の廊下のあちこちからヒソヒソとこんな声がする。
「あいつバッカじゃねえの?またかよ?」
「正義漢ぶってんじゃねえよ。時代間違えてんじゃねえ?あいつ」
「ほら、またあの子よ。ああいうのが世間で一番損なのよね。高校生にもなってまだ分かってないわけ?オコチャマ!」
「あーあ、あれじゃ社会に出たらもっと大変よ。自分から馬鹿見るタイプね。ああいうのは一生出世しないんだよね」
 ちっ!全部聞こえてるっての。もうちょっと小さい声で言えよな。
 俺は屋上に出ると金網の手前の手すりにもたれて風で頬を冷やした。屋上からはビルに遮られてほんのちょっとだが東京湾の海が見える。これが俺がこの高校を選んだ理由の一つだった。ここからならいつでも海が見られる。美紅の亡骸を葬った、あの沖縄の海とつながっている海が見られる。
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