俺の彼女はインベーダー
 気丈な様子を見せてはいるが、やはり恐怖に震えていたらしく、小夜ちゃんの目からポロポロと涙がこぼれた。その一滴が巨大生物の脚の先に落ちた。
 次の瞬間、巨大生物の顔から猛々しい感じが消えた。やつはゆっくりと頭を元の位置まで持ち上げ、しばらくそのままの姿勢でたたずんでいた。そして小さく「ガウッ」という唸り声を残して、静かに体の向きを変えもと来た道を海の方へ引き返し始めた。俺はまだガクガクしている腰を奮い立たせて小夜ちゃんに駆け寄った。
「小夜ちゃん!大丈夫か?」
「うん!」
 小夜ちゃんは俺にしがみつきながら、それでも元気を取り戻した様子で答えた。
「もう大丈夫だ、兄様。魔神様、分かってくれたみたいだ」
 俺たちは念のため、巨大生物の後を追って走った。やつはすっかり落ち着きを取り戻した様子で、ゆっくりと海岸へ歩いて行く。そしてそのまま海の中へ身を沈めて元の海底へ帰って行こうとしていた。
 砂浜で一団になってそれを見つめながら、俺はなんだか奇妙な感動を覚えていた。人知れず海底に潜んでいた魔神様と呼ばれる太古の巨大生物。きっとこの土地の人たちの間では、恐怖と畏怖の対象であると同時に、守護神、守り神としても崇められてきたのだろう。
 その魔神様は少なくとも百年ぶりにその姿を現し、使命を果たしてまた孤独な海底へ帰ろうとしている。俺はやつの背中を見つめながら、なにか胸がジーンとする感覚を覚えていた。やつの体が半分ぐらい水中に没したところで、不意に桂木二尉が思い出したように言った。
「あら。海に帰っちゃっていいのかしら?さっき小夜ちゃん『お山へお帰り下さい』って言ってなかった?」
「ガ、ガウッ?」
 巨大生物の歩みがピタッと止まり、首だけをぐるっと回して俺たちの方を振り返った。何かきまり悪そうな顔つきになったように見えた。頭からしたたり落ちている海水の滴が冷や汗に見えたのは俺の気のせいだろうとは思うが。
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