-恋花火-
三、 薄雲鼠
---泣いたりなんてしてあげない。
【薄雲鼠 うすくもねずみ】
世間は夏休みに入ったらしい。
とたんに旅館は忙しくなる。
もちろん“夏休み料金”でお部屋の値段はグンと上がる。
なのに、お客様はやってくるわけで…
「最近はブラックカードのお客様ばかりしか見てない気がする」
「それは言い過ぎじゃない?」
「でも、客層が違うと思わない?」
確かに。
かやのちゃんの言うとおり。
オフシーズンは格安で泊まれるときもあるけれど、今は違う。
乗りつけてくるのは高級車ばかり。
一応は老舗旅館の娘で、何不自由ない生活をしてきたけど、住む世界が違う。
「5時にご到着予定の濱本様、桜の間にご案内してくださいね」
車が来たのが見えて、そう伝達する。
「でも、若女将…桜の間は特級料金じゃ…」
「きのうキャンセルがあったから空いてるの。せっかくだから無料でアップグレードしてもらいましょう」
濱本様、わざわざ京都からいらしてるみたいだし、ゆっくりしてもらおう。
ご両親と娘さまでの旅行。
なんかステキじゃない?
だから私なりの心遣い。
最近は私の采配で色々させてもらってるんだ。
「ようこそお越しくださいました」
お出迎えすると、私と同じ歳くらいの上品な娘さんが会釈した。
…きれいな着物。
珍しいよね?
今時、若いのに着物なんて。
さすが京都からのお客様。