-恋花火-
板場の勝手口からこっそりと帰ったのは、もう町全体が静まった頃。

明日の朝にはきっと、大女将にひどく叱られるはず。

まぁそんなことくらい、私には大した話じゃないけれど。

ピカピカに磨き上げられた板場。

少し漂白剤の香りが漂っている。

そおっと板場を抜けて、照明の落とされた廊下を歩いて行った。

下から見上げると、桜の間の明かりは消えていた。

楽しい宴はとっくに終わったらしい。

祥ちゃんは、どんな顔で瑞希さんと話したんだろう…

さっきから、そんなことを考えては、自分の胸を苦しめている。

小さく見えた空は、星も見えない。

明日は雨だって天気予報で言ってたっけ。

泣きたいのに泣けないのは、いつからだっけ?

いつから泣いてないのかな…

きっと、

あの日を最後に、ずっと。

強く生きていかなきゃ。

そう思って、今も生きてるから。

私はこんなことで泣いたりしない。
< 14 / 22 >

この作品をシェア

pagetop