英雄飼育日記。
そして、両手首を壁に押さえつけられた。
「………………やめっ」
あまりにも小さな声。
それでも、彼を呼ぶには充分だったらしい。
呼ぼうと思って口にした訳ではないのだけれど。
「私の使役者に何か用かい? 風狼よ」
「…………種をいただきに参った」
その時、初めて風見が笑った。
にやりと底の悪い笑みではあったけど。
電柱の一番上から現れたカナトは、そこから飛び降りて風見のすぐ横へ着地する。
そして風見の首筋にダガーを突き出すカナトは、こう言った。
「私に勝てると思っているのなら、とんだ阿呆だね」
「何も知らない小娘が使役者なら、いくら我らが優秀でも意味がないだろう」
風見はそう言うと、私の左手首を押さえつけていた左腕を離した。
多分逃げるチャンスだったのだろうけど、恐怖でそれどころではない。
それに動けたとしても、風見の力強さで逃げることはかなわなかっただろう。
ただ私にできることは、踏ん張って崩れ落ちないように努めることだけだった。
「この小娘は、力の使い方も知らない」
風見の細長い指が、私の頬を撫でる。
それと同時に、キンと金属音のようなものが路地裏に響き渡った。
「………………きか、ない?」