冬うらら~猫と起爆スイッチ~
●26
 どこに行けるワケでもなかった。

 メイは、もう借金はなかったけれども、それ以外のものも何もなかったのだ。

 しかし、この家を飛び出すことだけは出来る。

 簡単なことだ。

 部屋を出ると、廊下に出る。

 右に走ったら広いフロアに出た。いろんな方向に分岐する空間。

 それから右を向けば階段がある。登ったら二階に行ける。
 まっすぐ進めば、一階の部屋につながる廊下に行けるだろう。

 左に曲がったら――そこには、玄関がある。

 もう、すぐそこだ。

 ひっく。

 涙を止められないまま、メイは走った。

 何で泣いているのか、まだ分からないままだ。

 いや、分かっているのかもしれない。
 それを、はっきりと自覚するのが怖かった。

 ずっとずっといままで怖かったから、フタをしていたのである。

 息を止めた。

 でないと、もっと涙が溢れてきそうだった。

 もうすぐドア、ドア。

 彼女は手を伸ばした。

 バンッ!

 メイは――ブレーキをかけるのを失敗してしまった。

 目測と勢いが折り合わなかったのである。

 思い切りドアにぶつかって、大きな衝撃と音が伝わる。

 でも、痛いなんて思ってもいなかった。

 次にしなければならないことがあるのだ。

 霞む視界でノブを探そうとする。

 バンッ!

 が。

 ドアが大きな振動に揺らいだ。

 ノブを掴みかけるのに成功しかけていたメイは、思わずその衝撃に手を滑らせてしまう。

 ――影が。

 自分の身体に、影が落ちていた。
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