冬うらら~猫と起爆スイッチ~

 自分の身体に、影が落ちていた。

 覆い被さるような影。

 頭が真っ白になる。

 顔の側に、腕があった。

 メイの身体を囲い込むように両方の大きな手が、強く玄関の扉に押しつけられていたのである。

 そして、影が。

 ゼイゼイと、荒い息づかいが聞こえたのはそれからだった。

「バカヤロー!!!!」

 ビリッ。

 真っ白な彼女の頭の中身を、ひっちゃぶるような怒号が上がった。

 この声は、間違いなくカイトだ。

 しかし、それが誰かという情報よりも、余りの近距離とドアという反射板があって、メイは土管の中に押し込められたような思いを味わった。

 わんわんと、何かが狭い空間を反射しているような音が、耳の中で止まらなかったのだ。

「誰が、てめーに出てけっつった! 人の話はちゃんと聞け、アホ!」

 正常な聴覚に戻り始めるより先に、囲いこまれたまま、どんどんと声が続いた。

 脳が情報を処理しきれない。

 壊された聴覚と、思い切り走った鼓動と、この狭い空間に押し込められた状態と――不安なことだらけだ。

 あ。

 あ…あ…。

 メイは、そのまま止まり続けた。

 唇だけが、ひどく震えているのが自分でも分かった。

「オレが出てけっつったのは…!」

 そこで、ふっと怒鳴っていた声がぴたっとやんだ。

 ドアと彼の隙間で、微動だに出来ない。

 ちょっとでも動けば、身体のどこかに触れてしまいそうだったからだ。

 スタスタスタスタ。

 いきなり静まり返った空間の中を、冷静な足音が通り過ぎていく。

 一時期近くなったけれども、だんだん遠くなって。
 歩幅にもリズムにも狂いのない足音が続いた。

 玄関での喧噪など、知らぬ風だ。

 ガチャ、パタン。

 ドアが開いて閉まる音。

 もう何の音もしない。

 沈黙が流れた。
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