冬うらら~猫と起爆スイッチ~

「何であの子のことを知りたいのかは分からないけれど……おススメはしないわよ」

 ボックスに入るなり、女の口調が変わった。

 受付用の顔から、即座に獲物を狙う豹のようなイメージになる。

 骨の髄から、裏で生きてきた女の匂いだ。

「あの子には、ね…うちのボスに借金があるのよ」

 タバコをふかしながら、彼女は言った。

 予測の範疇だ。

 やっぱりあの女は、自分の意思で、ここで働いていたワケではないのだ。

「父一人、子一人だったみたいだけど、その父親が過労死だか何だかして、フタを開けてみたら……娘に残ったのは、事業に失敗した借金だけってケースよ」

 タバコを灰皿に置くと、手慣れた動きでカイトのために水割りを作る。

「でも、うちのボスが借金の相手でよかったわよ。まだ、ランパブで済んでるんだから。普通なら、ソープよ……分かるでしょ?」

 きらっと、女の目が光った。

 カイトは、無言で不機嫌を強める。

「でも…ソープに行くのも時間の問題かもねぇ。こういう商売は、慣れちゃったら、どんどんエスカレートしていくものだから…その方が、借金も早く返せるしね」

 ふふっ。

 女は、嬉しそうに笑った。

 あの女が墜ちていく姿でも想像したのだろうか。

 カイトの思いは、それとは反比例だというのに。

 奥歯を、ギッと噛む。

 眉がつり上がっているのを、自分でも気づけないまま。

「いくらだ?」

 作って進められる水割りに手もつけず、カイトは早口で聞いた。

「さぁ? 1千万だか2千万だか忘れちゃった……家とか全部売っても、それくらい残ってるんじゃなかったかしら?」

 若い女の子一人が背負うには、大きな金額よね。

 カイトにしなだれかかろうとする身体を手で止めた。

 そのまま立ち上がる。

「ちょ、ちょっと!」

 まさか、彼が歩き去ろうとするなんて思ってもいなかったらしい。

 慌てて呼び止める女に向かって、カイトは怒鳴った。

「………い!」

 それを聞くと、女はひどく驚いた顔をした。

 しかし、カイトは彼女の反応を待つこともなく、自分のボックスに戻り始めたのだった。
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